誕生

昭和48年3月31日に、おとんとおかんの間に生まれてた。何で生まれてきたんかなぁ?みなさんは考えたことある?

若は小さい頃はんなこと考えもせんかったけど、18歳の時に死ぬほど考えてん。脳みそウニになりながら考えたけどわからへんし、わからんのはめっちゃ苦しくて、なんで生きてる意味があるんかわからんようなって、自殺やなんやっていう偉いことになってもうてんけど(笑)やっぱりわからんかった!!

でも今は生まれてきてよかったって心底感じる\(^O^)/この世の中でたった一人でも自分を必要としてくれる人がいるんやなって感じたから。。。それが若の場合は、おかんやった。

何のために生まれてきたんかわからんっていうのは、めっちゃくるしかってんけど、でもこんな自分を必要としてくれている人、生きてさえおればそれでいいって言ってくれる人がおるっていうのは、ほんまに恵まれてるよな。(゚ー゚)(。_。)(゚-゚)(。_。)ウンウン

だから誰かのためでもええし、他の事でもええ。とにかく自分が生きているっていうことに意味とか価値があると感じられることがあればそれでいい。それがそのときの生き甲斐になるからねぇ。

せやけど人間、生き甲斐なかったらどうもいかんな。生きとっても何か定まらん。中心というか生きる真中がどっか空白になってる。

それができひんと、誰からも必要とされへん。何からも必要とされへん。生きてる価値が感じられへん。そんな風に感じてしまうんやな〜。

ほんでどうも人間っちゅうんは、そういう何からも誰からも必要とされへんっていうんが、この上なく寂しくて苦しいんやな。 時にはそれが見つかれへんから、自殺するって人も出てくる。若もそういう風なことしてたからわかる。

ここまで書いてきたことは、あほの若が言うねんから、あんまり信じられへんけど(笑)、そやけど、やっぱしそうちゃうんかって思うねんよなぁ(^-^)

ところで、

みなさんの生き甲斐は何?
みなさんの生きる目的は何?
みなさんは何のために生きてるん?

ちなみに若のは・・・・・・・・・・・・・・・、それはもっと後でわかるねん。0歳のときは、んなこと考えてへんし!!(笑)

幼稚園時代

幼稚園に行っててん。今は潰れてしもうた!何か寂しいなぁ!(泣)覚えてるんは、先生がよう怒ってはったことやね。よ〜ぅ怒られたわ。怒られて外で立たされても、ブランコで遊んでたわ。そんな幼稚園児やった。

好きな子がはじめてできたんも、幼稚園やわ。名前も忘れたけど、その子は別に男の子が好きやってん。それが鼻水たらした男やってん。わてもガキんちょのくせに、何と「こん鼻水野郎のどこがええねん!」っておもってたんを覚えてるから、可愛くないガキやったなぁ(笑)

でも失恋ってやつやったんかな?だって、けっこうアタックしてた思うんやけど、相手にされてなかったもんなぁ。振られてたわけや。。。そっかぁ。うん、今気づいたわ!はじめての恋愛は、失恋やってんやーー!( ̄□ ̄;)!!ガーン

中学生時代

■中1

中1年ん時。小学校から上がり立てやしね、小6の時にちょっといじめられたから、その反動で今度はいじめられたらあかんって恐怖心があってん。せやから、やられる前に先にやってまわなっていうのがあって、弱い奴を見つけてはいじめに入ってた。せやけどこう見えても若は、教会の子として生まれてきたから、善し悪しとかはしっかりと入ってるし、当然根はそないに悪党やないから、いじめるっていうのも苦手なわけ。で、いじめている奴と仲良くなったりして、何やってんだかっていう毎日。そのうちいじめも段々とせんようになる。はっきり言って、若としてはいじめがしたいわけではなかったわけ。でもいじめられた記憶で過剰に反応してね。専門的にいうたら反動形成って言うんやけど、逆の立場に立とうとしてたわ。でもそれはいじめというよりも、上下関係をはっきりさせて、上に立って安心しておきたかったって感じですわ。

にしても若うるさかった。ほんま。とにかくうるさかった。授業中でも一番うるさかった。常にギャグいうか、うるさくしてるか。小学校時代に落ち着きがないという烙印をおされてしまった若は(自業自得)、永遠に不滅なのさ。やれやれやわ。

そうそう。中学に入ってテニス部に入ったなぁ。なんでか?う〜ん、小学校の友だちが結構入ってたから、ただそれだけ。みんな入り出したのに、自分だけ入れへんっていうのが嫌やってんなぁ。それだけの理由で入りました。やる気?まぁそこそこって感じやろか?考えてみたら、この時点で人に合わせるっていうのが常にあったからね。鬱病やノイローゼになる資質はしっかりあったね、うん。

恋愛についてはやねぇ。まぁなんつっても中学に入っったら、あんた。色恋沙汰もちったぁ気になり出すお年頃。それが中学生ってもんですわ。どんなんやったかっていうたらやねぇ。これが中1から中3へと偉い変わるんやわさ。

とりあえず中1。落ち着きのなさ1000%のしょーへー君。頑張ってそれなりにもてようとしましたさ。カッコイイ男になりたいと、ちったぁ思って、髪型の一つでも初めてやってみましたさ。もちろん最初の髪型は、センター分けΨ( `∀´ )Ψ定番。あの当時は、男は黙ってセンター分けって感じですよ。さらさらヘアーで勝負に挑みました。世の女どもまっとけよーーーって感じでね。

が、しかし。。。しかしです。ダ、ダ、ダメや。あ、あ、あかんのや。若はちっちゃかったから、どうしても体の成長も遅かった。この年代は女子の方が大人よね、どう考えても。ませてるよね。うん。だから所詮ちびっこのおいらには、年頃の女は見向きもしないのさ。女子が見向きする相手と言えば、体がでっかくなって、半分おっさんになった野郎ばっかり。言っちゃー悪いが、そないにカッコええとは思わんで!(爆)いやほんま。どこがええねん!雰囲気だけちゃうーん!!Ψ( `∀´ )Ψって負け惜しみ根性を美しく開花させたが、その思いはそっと心の奥底にしまっておくのであった。

そ・れ・で・も!!若だって、もてるように頑張ったさ。おっさんに負けてたまるかと。おっさんは体がでかいだけやないかと。ちびをなめたら痛い目あうでと。負け惜しみ根性の若は頑張ったのさ!!が・・・誰にも相手されず、女子からは「しょーへー」って弟みたいに呼び捨てにされながら、玩具のように人気者にだけなってしまったのさ。くそくそくそ。

話は変わるが、どういうわけか、中1の6月頃。男子が女子の胸を触りまくるというのが、1年9組で流行りだした。ど、ど、どんなんやって思うでしょうね?うん、若も思いました。今でも思います。そんなんあかんやんかーーーって。でもあの当時はあったんです。今思ったら、とんでもないんやけど、そういうことも尼崎の昭和中学校では許されていたのだ。が、ブームはひと月と持たずに失速。流行というのは、すぐに消えてしまうものだ。偉い話です。

ちなみに触られる女子は大体きまっていて、半分遊びだったみたいで、若には「しょーへー触ってみるぅ〜」とか挑発してきました。うぅ、ガキとわかっていて、こいつら〜。わざと若の消しゴムを奪って、制服の胸ポケットに入れやがる。「ここにあるよ〜。とってごらん♪」って、とれるかあほーーーΨ( `∀´ )Ψ くそくそくそ。馬鹿にしやがって。玩具は所詮玩具でした。恋愛対象なんてとんでもない。にしてもこのブームは、さすがにサカリを迎えた男共には大盛況でした。ヤレヤレ ┐(´ー`)┌ マイッタネ♪

が、しかしもてはしなかったが、若にも好きな人ができたのだ。林紀子(はやしのりこ)さんっていう女の子。不思議な子だった。なんかとても大人びていた。君いくつ?っていう感じ。かといって雰囲気が大人びているだけで、服装とかは特に他の女子と変わった所はない。でも一人になると、なぜが窓から一人で静かに愚校庭を見ている。そんな感じでした。

ちょっと若が彼女を好きっていうのが、うるさい友だちにばらされました。「はやしー、しょーへーお前のことスキやねんでぇ!」と。若のいるまで。なんてことしてくれるねん、コラ。身長すでに176pのおっさんよ。やることまでおっさんやんけ(爆)純情少年をなめとんか!

が、しかし。彼女の対応は今でも忘れられない。放課後ひとりで校庭を見ていた彼女は、その友だちの言葉を聞いても動揺しない。ひとテンポおいて、若の方を体はそのままで顔だけで振り返り、「ふっ(^_^)」って。な、な、なんじゃそりゃーー!!君、中1やろ?もうちょっとちゃうリアクションあるんちゃうんか。「えーーー!(恥)」とか、「ちょっと、いややーーー!(照)」とか、何か照れるやろ? なんで、顔だけ振り返って「ふっ(^_^)」やねん。照れる様子なんて全くなくて、また普通にして校庭を見ている。そのことで何か変わったわけでもなし。いつも独立しているっていう感じの子。まじめでもなく、不真面目でもなく。それでいて時折、若と目があったら、普通に(^_^)ってする。うぅ、。ほんま不思議な子。今は思う。この彼女の対応はまさに20代半ばの女ですよ。そんな対応の仕方を13歳で身につけてるってあんた。ちなみに彼女は中2、中3とヤンキーたちからこぞって告白されていました。が、やはり電話程度はいつでもかけてきてもいいよっていう感じ。まさに大人の女性。惚れた男の扱い方、ノウハウをしってやがります。才能です。いや、ほんとあんな子にはきっと男は惹かれると思う。うん。絶対にひかれるな。今何しているかしらんけど、彼女の男道は、偉いことになったと思います。ひれふす男かもしれません。なにしろ彼女は才能があるのですから(爆)

ま、とにかく。もてない君の若には、恋愛成就なんてありえなかった。結局クラス替えで片思いで終わってしまったのさ。そんなかんじ。

総括。中1。もてへんかった。以上。

■中2

中1で、もてへんかったことを反省しようとしたが、人間すぐには変わらないもんです。うるさいのはそのままで、落ち着きがないのもそのままで、教会のことでいじめられるわで、ドラクエ事件もあるし、まぁ相手にしてくれる女はおらず、それでももてたいというお年頃の気持ちだけはあった若は、頑張っておしゃれのおの字くらいは、していましよ。が、しかし、ダメだった。とほほ。もてるのはやっぱりなんちゃって中学生。あんた妻子おるやろ?っていうのがモテルんよ。わからんなぁ。三学期になってもやっぱりもてない。中学一年から頑張ってきたのに、一向にむくわない。さすがのしょーへーくんもお手上げですわ。女なんかもうええわ。そんな感じで勉強のべの字でもしてやろうかとちょこっとだけ思ったわけさ。

それで勉強のべの字からはじめようとしたけど、勉強の仕方がわからん。どないするもんなん?わっかんなぁ〜い♪(死)で、当時神戸大学に入ったばかりの長男信一が家庭教師としてつく。が、そのスパルタ教育は最悪。もうちょっとなんとかならんか、こら!なんでびびって勉強教えてもらわなあかんねん。びびって理解できひんっちゅうねん。ちょっと間違ったら、ぶあっつい本で頭をゴン!って、こら!お前、腐っても教育学部やろ?そんな教育してええとおもっとんか!お前は戸塚ヨットスクールのおっさんか(爆)と、今になっても切れてる若であった。ま、恐怖心と戦いながらの結果なんで、実力テストはまったくダメやったけど、2学期の期末からはちとだけあがったのよね。

若の評定平均は不思議なのだ。実力テストは昭和中の最下位グループやったけど、しかし先生にこびるということはよく知っていたから、あと授業はわかんなりに聞いていた。ただうるさかっただけです、はい。うるさいんやけども、授業は聞く。提出物はアホなりにちゃんと出してる。気にしいやから、出すものは出すのよ。ただ身に付かないだけさ。(´ー`) フッ ほれんなよっ

だから昭和中なんて偏差値日本一低い学校やから、とりあえず授業でそれっぽくしてたら、テスト悪くても3とか4くらいはもらえるんよね。そういう意味では、小学校よりもやりやすいよ。ほんと。だってオール3やったら、真ん中でしょ?授業出てたら4くれたで。小学校では考えられへん。小学校って結構ねぇ、点数で差別化されるところも多いからね。若うるさかったし、落ち着きなかったし、テスト悪かったしでね。だから良いの数が最高4つやってん。おかしいわ。どうかしてる。ぐげ!

で、兄貴に教えてもらって、授業中はとにかく聞けと。おっさんの話を聞けと。聞いてなくてもええから、とにかくおっさんの顔をじーっと見て演技しろと。俺はあんたの授業聞いてまっせーっていう演技をするんやと。週一回の家庭教師の時間に、実技演習も含めて2時間教え込まれましたさ。21歳のお兄さんよ。あんたは俺にいうんたんやで。俺をおっさんと思って、ようみてみぃと!なんでスキ好んで、お前の顔をずっと拝まなあかんねん(爆)いったいなんの授業やねん(:D)┼─┤

でもそのおかげで、確かにおっさんらは、若をよくかわいがった。当てられたらわかんでも、それでもわかろうとするフリをした。そしたらテストは頑張って50点でも4がつくではないか。おっほっほっほ。テストなんて関係ないやんけ!と思ったさ。それに加えて3学期になったら、兄貴から週2回のペースで本格的に一夜漬けの仕方を教えてもらったから、テストも60点くらいにはなった。ま、所詮は一夜漬け。実力テストでは、見事にけちょんけちょんですよ。

だからねぇ。中2の時の成績表は、ほんまに不思議。なんでって実力テストはほんまにドベに近いのに、それやのに段階評価は4がたくさんやねん。どこを評価してるんかがようわかるでしょ?ある意味、ええ学校でしょ?(笑)若のためにある学校やったわ。あはは。

中2なんて覚えてないわ。ドラクエ流行って、教会のことばれて、呪文となえろ言われて、ラリホーとか言われながら、お昼休みの時は、教会のことで誰にも相手してもらえずに、学校の裏にいって一人でゴミ捨て場の所でお弁当食べてましたよ。はい。わびしかったです。もちろん。が、ケンカだけはしてました。あれこれ言う奴には殴りかかっていきました。ちびでもね。あはは。だからそのうちあれこれ言わなくなってきて、友だちもだんだんとできてきて、そのうち若を馬鹿にしてたやつが、馬鹿にされるようになりました。けっ!ざまみろΨ( `∀´ )Ψ

では総括。中2。いよいよもてへんかった(泣)以上

■中3

中3になった時には、もう誓ったさ。俺はもてない君なんやと。もうええわ。疲れた。もてへんでええわ。クラブもやめた。もうええわ。何しよ?遊び?もうええわ。ちっちゃいとき遊んだし。じゃー何しよ?う〜ん、まっ勉強でもすっか。と、ここで大きな転機を迎えたわけや!何が転機かってなぁ、まずここで若はもてんでええっていう気になった。今になって思ったら、これがガツガツしてないように見えたから、よかったんやと思うで。うん。

で、中3にもなったら、さすがにチビの若でも成長してくる。身長は低いなりにも、1年で12pのびた。一番前やったんが、前から6番目くらいになったのさ。勉強でもしよかと思った時は、2学期に入った頃やった。全校生徒395人中386番ですよ。お見事。ははは。尼崎は全国一の偏差値の低さ。その中で荒れた中学と言えば、昭和中学校。その中にあって385番とは、我ながら恐れ入りましたよ。見事です。何が恐れ入ったって、その時まで自分は勉強そこそこできていると思っていた自分に、今となっては恐れ入ります。はい。どういう頭してるんやら(爆)

しかしです。女も遊びもクラブも諦めた若にとって、勉強は集中するには格好でした。ええ、そちゃもう、やりましたとも。学校から帰ってきてから10時間です。休憩時間はお風呂とご飯合わせて15分です。あとは全部勉強です。あがりましたとも成績が。実力テストをするたびに、100人ずつ抜いていきましたよ。年を越える時には、50番以内に入ってましたよ。ま、所詮は尼崎、されど尼崎。わはは。そして偏差値38の男が、8ヶ月後には学年395人中4番で卒業ですよ。結果、偏差値65の高校に合格しましたさ。桃山学院高等学校。ええやつや。

桃山学院に入学するにも、若なりの対策までたてたのさ。たとえば国語の試験問題なんてきっと同じおっさんが作ってる。やったら記号問題で一番多いのは、どれが?イが多いか、ロが多いか、ハが多いか。正解が多いのはどれか?クセをしらべあげました。その結果、イロハニホの5択の中で、ロとニで60%強しめてるじゃないですか。ははは。そういった小さなデータを地道に作り出し、本番でもそのなぎなたを振り回して駆使しながら、若は合格してやったのさ。我ながら見事な集中力でした。この集中力はどうも一生もっていそうです。ちなみにこの集中力は、小さい頃に身につけました。何で?遊びで。ただただ遊んでくらしたことが、今になって爆発しました。それはほんまにそう思います。だから今でも小学生を教会で見てても、全く成績ができない子でも、しっかりと遊んでいる子は違います。見たら若にはわかります。小学生の成績がビリでも、案の定、その子は高校は行って学年トップです。若に通じるものがあります。ちっちゃい時から勉強させるなんて親のエゴですよ。親の願いを子供に押しつけてるだけ。若はそんなの、やだねったらやだねぇ♪って感じですね(爆)

あ、そうそう。それからねぇ。中3の成績表はさすがに、兄貴から徹底的に勉強をさせられたこともあって、一気にあがりましたよ。でもね、逆に学校の授業が兄貴との勉強が先に行ってるから、なんかアホらしくなってきて、その結果授業は寝るし、飛行機とばすしでね。でも中間期末は90点代ばっかりやったんよ。それでクラスで一番の高得点とかたたき出してたのよ。でも、それでも4だったのよね。うん。今度は昭和の良いところがあだとなってしまったのさ。成績よりも授業態度っていうかね、先生に好感を持たれるかっていうかね。そういう感じやから、しゃーないよなぁ。中間期末友達は80点、若は95点くらいとったのに、友達5で若4やねん。ま、しゃーないわなぁ。中1中2のこと考えたら、チャラやで(爆)

お!話を中3に戻そう。ちょうど、その頃になってふと周囲を見回した。な、な、何かが違う。じょ、じょ、女子の見る目が何か違うではないか(大汗)勉強にまっしぐらだった若。女にもてることを諦めていた若。なんちゃって中学生に嫉妬していた不遇なる少年、若。田村正和を師と仰いで、女にもてたいがためにカッコに努力してきたが、一向にむくわれず、女を捨てた若。

そ、そ、そ、そんな若なのに、何故か気が付けば女子の呼び方が変わっている。「ねぇねぇ、津田く〜ん♪」って。な、な、なんじゃそりゃーーー!!Ψ( `∀´ )Ψ つ、つ、津田君って!!生まれて初めて言われたわ(爆)「しょーへー」「なぁ」「しょーちゃーん」「こら、つだ(なんでコラやねん!)」とばかり言われてきた、玩具の若。その若が、どういうわけが、「津田く〜ん♪(/。\)イヤン!ハズカシイ」って。おいおい(滝汗)

一体どういうことですか、それ?ほんでから、夏以降を思い出してみると、確かに異変はあったようだ。気づかぬ内に。たとえば、かわいい女の子から勉強を教えて欲しいと、数人の女子から言われるようになっていたさ。ノートを忘れたと言って板書できなかった時間の休み時間には、なぜか机の中にさっきの時間の板書がカワイらしくおられて入っていたさ。帰り際に靴箱の所で1年2年と、まっっったく眼中にもされなかった女の子が、「え?ちょっと・・・つ、つ、つだ・・・くん?えー変わってるぅ〜。えー!」と目を丸々とされて呼んできたこともあったさ。

が、しかし若にはまーーーったく気づかなかったさ。Ψ( `∀´ )Ψ 何しろモテルはずがない。相手にされるはずがない。あれだけ二年間努力をしてきやんやでぇ。どれだけドライヤーをあてたと思ってんねん、われ!これでハゲたらちゃんと両耳そろえて責任とってくれよ、こら!(相手は不明)と、あんだけ頑張ってやってもダメだった。しかも未だに髪型は変わってないのだ。そんなんやから、俺は女にもてない星に生まれた男なんやと、もう無理なんやと、高倉健にはにはなられへんねやと、ごめん言い過ぎた、健さんにはまだなりたくないわ(笑)俺の将来は大橋巨泉なんやと。女にもてず、悲しさのあまりにスナックに通い、腹を出して自慢ばかりして、なれなれしく呼び捨てでお姉ちゃんを嫌々かしずかせ、店の裏では嫌われまくる。そんな巨泉師匠になるんやと。思ってましたさ、はい。う〜ぅ、あの頃はゆがんでいた(悲哀)

ま、とにかくそんくらい女には縁がないと、諦めてたわけや。そんな若やから、その時々の反応が、それがどういう意味かもよくわかってなかったのさ。女子からのアプローチとかこれっぽっちも頭になかったわけさ。しか〜し天は若を見放してはいなかった。そうなのだ。だ〜れがな〜んっつったってぇ。だぁ〜っはっはっは!!うーーっしっしっしっしぃ・・・・・って、い、いかん( ̄□ ̄;)!!笑い方が巨泉のままだ。染みついている(泣)

で。年が明けた2月中頃に若の志望校合格の知らせが、広まった。クラスで先生が発表するやいなや、卒業の1ヶ月までになんと6人の女子から告白をうけてしまったのだ。まさにしまったって感じ!ほんとにされてしまったのです!!ならば喜ぶか?いや、甘いな。そう単純ではないのです。もてない根性、巨泉根性の染みついた若には、それはただの混乱しか招かないのです。

「一体、な、な、なんでやーーー!なんで告白されなあかんねん!!流行ってるんか、これは?(脳内大恐慌)」これですもん。もうダメです。頭の中、大混乱です。嬉しいのかどうかさえ、わからん。むしろ苦しかったです。もうわけもわからず、ただ恥ずかしいだけでした。だって生まれた初めて告白されて1ヶ月で6人ですよ?おかしいでしょ?若は騙されているのかと思いました。疑心暗鬼にも陥りました。でもクラスが違う子とかいましたし、実際に告白されたら、嘘とは思えないし。うぅ、これは一体どないなってるんよ?くぅ(×_×;)

さらには卒業式では勇気を出してボタンをくれと言われても、もう恥ずかしくてゴメンとしか言えなかった(スンマソ)。それでも校門を出て交差点にさしかかったところで、また違う子がボタン欲しいと言ってくれた。信号待ちやったから、どうにも間が持たず、友だちもいて恥ずかしいし、まさに苦し紛れに「どうじょ!」って感じ(再スンマソ)。卒業式からやっとこさ家に帰ってきたら、大好きなドラクエに精を出し、レベルを18にあげようとしながら、これで女子から解放されるんやという安堵の表情を浮かべていたのに、突然女子が4人くらいできはって、第2ボタン頂戴と。。。うぅ、もうないっちゅうねん!( ̄□ ̄;)!!帰り際にあげてもうたっちゅうねん。

しかも運の悪いことに、教会には近所の足立酒店の店長である、おっさんの信者さんがお参りしてはって、「いやー!しょーへーくん、ええなぁ!もてるなぁ!!(満面笑顔)」って、見事にいらんセリフをその美しいダミ声でのたまってくれはるし、もうめっちゃ最悪。めっちゃ恥ずかしいっちゅうねん!教会の子であることさえずっと隠してきたのに、それがばれて恥ずかしいし、ボタンちょうだいって言われて恥ずかしいし、大学生の兄貴からちゃかされて恥ずかしいし、酒屋のおっさんの野次はフォーエバーやし、もうさいてー。最悪。早く過ぎていって欲しい。とにかく急いで適当にボタンをとってきて、渡したさ。おっさんは窓から、「ボタンか?せやろーー?うわ、ええなぁ!わっはっはっは(満面笑)」てご丁寧に実況中継してくれはるし、写真を撮らせてって言われたら、「あ、うん」としか言えず、ピースをしてる女の子の横で、うなだれて撮られている。もちろんバックサウンドとして、さらにヒートアップしたおっさんが「写真かーー。カーーーーッ。ええなぁーーおい。おっちゃんも、はいろかなぁーーー!!ええか?(満面笑)」という練られた歌詞を大声で歌い上げている。もうあかん。もう嫌や。ほんま嫌や。疲れた。もてるっちゅうんは、こういうことなんか?そうなんか?ようわからんわ。とにかく恥ずかしい。それだけやわ。足立のおっさんがおらんかったら、まだちったぁましやったと思うけど。おっさんは、、まるでユーロビートの曲に合わせた浪速のDJよろしく、でかい声でかしかましくさえずりよるし。もうぅ頼むわ、おっさん!!若はたまらんかったよ。くぅ。ちなみに今でもその足立のおっさんは、「わかせんせー、よう覚えとりますでー、あん時のことは」(もち笑顔1000%)って。そらそうでしょう。あれだけはしゃぐんですからねぇ。。。若も一生忘れませんよ。足立のおっさん、お葬式の時、楽しみでんなぁ。ふっふっふっ たっぷりお礼させて頂きまっせぇ〜Ψ( `∀´ )Ψ(笑)

とにかく、そんな感じでした。はぁ。。。にしても不思議なもんですな。もてたいと思った時にはもてず、もうええわって思った時にはもてまくる。人生はわけわからん。ほんまにわけわからん。高校に入って1学期くらいまでは、中学時代の女子から告白を受けていた。もう偉いことになってきた。慣れないことはきついなぁ。

しかしこれだけもてるようになったのは、嬉しいという気持ちもやっぱりある。当然それはあるんです。そこは津田昇平もなんつっても男なのだから、嬉しいのだ。うんうん。ただどうしてあれだけもてたいって思って頑張ってももてなくて、諦めたらもてだしたのか、それがわからなかったのさ。前者と後者の天国と地獄ほどの違い。これはなぜ、なぜだ?なぜ急にもてるようになったのか?とやっぱり考えるわけですよ。で、15歳の若が出した結論。男がもてるための条件とは、

@勉強ができること。
Aスポーツができること。
Bほどほどの容貌とおしゃれ。

これなんやと思ったわけさ。こん時はね。今になったら、ヤレヤレ ┐(´ー`)┌ マイッタネ♪ って思っても、このとき若もまだ15歳。意識する相手の女たちだって15歳前後ですもん。ま、こんなもんですよね。

そして中3になって、ふと気が付いたら、どうもその条件をそこそこに満たす自分が、できあがっていたんでしょうな。それでちょっともてたんやろうな。

@成績急上昇で職員会議の議題にもなってくらい
A体動かすしか脳がなかったから、運動はできた
B上に大学生と高校生の兄貴いたし、二人とも私服の
 学校やったから、おしゃれはそこそこやったと思う
 し、やっぱり兄貴の影響は自然と受けるでしょ?

そんなわけでね。ちょっともてるような感じになったわけですわ。あと結構もの静かになりましたからね。中1中2みたいにしゃべったりしなくなったし、うるさくなくなったし、ただヤンキーの連中とはいたって仲よくってね、何しろ勉強できない組でしたから、はい(笑)それがまた津田君ってどうして〜♪っていう感じになっちゃうんでしょうね。ヤンキーからも一目置おかれている存在と思われたようです(某女子談)。話す内容なんてエロ本かドラクエでしたけどね。とほほ。ま、色んな偶然が重なったのでしょう。うん。

ただそれでよかったんかどうかはわしらんけど、まぁよかったんでしょうなぁ。長い人生、もてる時代が1つくらいあってもええやないですか。ねぇ?もう二度とこういうことはなかったですから(笑)怒らずに読んでやって下さい。あはは。

が、しかしです。この時期に学習した考えが、後々自殺未遂へと繋がってくるのです。えーって思われるかもしれないけども、そこは神経質の鬼となっている若先生。しかも多感な十代です。発達心理学でも問題となる時期です。青年心理学でも問題になる時期です。哲学者ルソーが第二の誕生というくらいに、新しい自分を生み出すための苦しみを味わう時期です。そういう、大人に生まれ変わっていくという、心理学的には激動の時期に、これほど大きな自分自身に対する周囲の大転換っていうのは、若が他者からどう見られるのか。どう見られたら他者に受け入れられるのか。他者にうけいれられる条件とは何なのか。その条件を満たしている自分であるのか。そして自分には他者から認められるだけの存在価値があるのかないのか。あくまで価値を下す中心は、他者に依存しているのではないか・・・な〜んていうことにも繋がっていくんです。

こうして自分の価値というものが、他者に依存しているという誤った思想が若の中に深く根付かせるには、あまりにも十二分かつ強烈な出来事でした。この自分と他者との関係に関するかたくな誤った思想が、18歳の自殺未遂へと繋がります。これも今にして思えば、自然なことだったかもしれません。苦しんでいる最中、若はつねに中学3年の時に戻りたいと思っていましたから。それだけ強烈だったんですよ。ま、これは今だから言えることですけどね。

ですので良かったのか、悪かったのか。簡単には言えませんね。でもやっぱりよかったでしょう。もう乗り越えているし、やっぱり男ですから、女の子にはもてたいという気もちは自然だし、それがちょっとでもかなった時期があるというのは、嬉しいことですよ。うん。でも自殺未遂か。とほほです。

■成績表

  中学1年   中学2年   中学3年