読めるもんなら、
読んでみろ。。。

Ψ(`∇′)Ψ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

教会の子供として生まれたから、小さいときはわけもわからず御祈念とかしてた。小学校に入って、友達と遊ぶようになると、「お前の家、でっかいな〜!」って言われたりしたから、教会が好きになった。中学に入ったら、ドラゴンクエストが流行りだして、みんなから「お前んち『こんこんきょう』の宗教やろ。呪文となえろー!!あっ〜!?」とか言われて、嫌いになった。「こんこうきょう」やっちゅうねん!(爆)それを機に、自分の子供だけはこう言う目に合わせたくないって思ったから、教会は絶対に継がへんと神に(?)誓った。そやから夢は「サラリーマンになること」になった。 高校に入ったら、家が金光教の教会であることを誰にも言わずにみごと三年間を過ごす。ある友達はなんとキリスト教の教会の息子だったようで、彼も黙って三年間をやり過ごそうとしたが、担任の先生の暴露されて・・・う、う、う、かわいそうに(T_T)ほんでから大学受験の前後から何か知らんけど、心が落ち着かんようになって、受験失敗でさらに拍車がかかって、気がついたら純100%おかしなっとった。人が怖くなって、自殺しようと、包丁を手首に持ってきてグッと力を入れたけど、ふと「自殺したらみんなから弱い人間って笑われるわ」っておもって、死ぬのは怖くなかったけど人の目が怖くて死ねなくなってもうた。生きることもできなくて死のうとしたのに、死ぬこともできんようになって、どうにもならんようになった。記憶がない。ほんでとにかく助けてくれるんやったら何でもええわって思ったのが運のつき、家が金光教ではないか!(これこそがおかげなのだ!(^_^)v)これでもしも助かんねんやったら・・・って思って、はじめて一心に御祈念した。それからしばらくして緑の木々の中で寝転がってると、今まで当たり前に見過ごしてきた風景に心を奪われた。青い空、白い雲、燦燦と照りつける太陽、小鳥がさえずり、ハチやアリやチョウなんかの虫達が視界いっぱいに動き回ってて、それをボーッとみてたら、何となく心が安らいできて、気がつけば寝転がってるベンチの足元に一本のおっきい木があって、ベンチの左側には草むらがあった。そしてなんということなくその草むらの向う側を視界にしれてたら、草むらが向う側から自分の寝転がってるベンチに向かって、波打ちながら倒れてくる。それをあいもかわらずボーッと見てたら、自分のまん前まで押し寄せてきた。そこで止まったと思ったら、今度は足元にあったおっきい木がすごいしなってザワーッって音を立た。驚いて体を起そうと肘を立てた・・・その瞬間、髪をそして全身を何物かがものっすごい勢いで通りすぎようとしていた。何が起こったのかを考える間もなく、ただただこの世界・宇宙は生きているんだと感じて、その瞬間、涙が溢れてきて止まることがなった。今目の当たりにしている、青い空、白い雲、燦燦と照りつける太陽、石ころ、水、さえずる小鳥、ハチやアリやチョウなんかの視界いっぱいに動き回ってる虫達、これまで一つ一つばらばらだったがものが、実は一つだったんだとわかった。と同時にこの大きな生命体はなんという不思議で、温かく、力強く、そしてなんと美しいのかと感じて、さらに涙が溢れてきた。とその瞬間、今度は耳が聞こえなくなった。すると、「ドクンドクン・・・」という音だけが聞こえてきた。心臓の音だった。自分も生きていることをはじめて心底、了解した。すると自分という観念がなくなり、いま生まれてはじめてこれほど感動に包ましめ、突き動かしめた、目にうつるすべての「もの」と一体化した。宇宙の一部であること、天地の一部であること、これらと自分との関係は「個にして全 全にして個」であることを知った。自分と宇宙とが一体化して、自我が消えて、真の喜び、真の安らぎを知った。そしてこれが「天地金乃神」と誰に聞くでもナシに了解した。天地金乃神様は俺を抱きかかえてくれていることを了解した。自分もまたその一部であることもわかった。それはすなわち息の差し引き、血の巡り、手足の動きをはじめ、あらゆる生命の働きが、天地金乃神様のお働きによるものであるということである。あとで金光教では人間を神の氏子だと言うことを知った。でもそんなことはもうしっとった。また金光教では天地金乃神のご神体が天地であるといっていることも知った。でもそれも百も承知だった。教祖様はそれを知ってらっしゃったと知った。スゴイと思った。この人の言ってることは、真実だから。それから信心するようになった。これまで人よりも上に立とうとばかりしてきた。自分は優れていると信じたかった。それで虚勢をはった。優越感と劣等感ばかりだった。裏を返せば、いかにあるがまんまの自分に自信がないかである。しかしそのときはわからなかった。でも自分が世界で一番馬鹿だと認めた。認めざるをえなかった。認めない心があると、すぐに嵐がきた。神様のお知らせだった。だんだん馬鹿だとわかるようになってきた。馬鹿でもいいと心底おもった。それで心が休まるならば。それで、自分を受け入れた。そのうち本当にそう思えた。あとで教祖様はそのことを「凡夫の自覚」と仰ってると知った。また「あるがまんま」であることが必要だと、心の神様に教えていただいた。教祖様は「ままよ」と仰ってると知った。やっぱりこの人は最高や・天才やと思った。その天地金乃神との合一を機に、だんだんと心が落ち着いてきた。心が落ち着かなくなっても(通称:嵐)、緑あふれる場所にいって、寝転んで、天地宇宙と一体化すると、心が落ち着くようになった。そうやっていっとったら、自分の心を客観的に観察できるようになって、自分の精神状態をコントールできるようになった。自分は世界で一番馬鹿であるが、しかし尊い天地の尊い生命を頂いた尊い尊い存在だと気づいた。世界で一番馬鹿でもぜんぜん構わなかった。そんなこと自分の価値は無関係だから。天地金乃神様から、尊い生命を頂いた尊い存在であるだけで、十分だった。それに比べれば、あらゆることがたいしたことでないことがわかった。気がつけば、浪人一年間を過ごしてた。そのころには自分以上に幸せな人間は存在しないと確信した。あとで、ソクラテスが同じことを殺される間際に言ったとしった。ソクラテスもすきになった。ライバルになった。ハハハハ・・・大学受験は偏差値的に三流大学も含めて11校受けたけど、一つを除いて全部落ちた。その一つは仏教大やった。さすがに宗教や。ちゃんと人を助けよると思った。ハハハハハ・・・それから二浪した。ノイローゼなってから国語力があがった。それから勉強がとにかく全部おもろかった。なにしろあらゆる学問は、すべて天地宇宙のこと、すなわち天地金乃神様のことを述べているから。そしてすべてが自分と一つだから、あらゆる学問を知ることは自分を知ることになるから。成績がぐんぐん上がった。偏差値が気がつけば70近くになってた。センター試験を受けた。なんぼやったか忘れたけど、800万点中、少なくとも720以上は取ってたはず。点数的には京都大学も行けたかも。でも神戸大にした。新しい学部ができて面白そうやったから。でも実際にはおもろなかった。二ヶ月で見切りをつけた。自分で好きな勉強をした。あらゆる学問を勉強した。みんなは俺以上に勉強してないやつはおらんといい、おれは俺いじょうに勉強しているヤツはいないといった。でも自分以上に馬鹿は存在しないということを知っていた。それだけは知っていたし、認めてきたし、いまでも認めている。しかし自分以上に幸せである人間は認めなかった。あとで、中山亀太郎先生も同じようなことを言っていた。尊敬した。ライバルになった。うぬぼれはなかった。大学院に入学した。主席だった。でも面白くなかった。忙しかった。あとまた鬱病ノイローゼ風味になった。ご用のしすぎやった。金光教学院に行くことにした。今にいたる。よくぞここまでよんだなあ。あなたを尊敬します。少なくとも私よりは偉いです。ホントに。じゃね、おわり。